赫章可楽古墳群は赫章の西に74km離れた可楽鎮に位置し、貴州省博物館の調査により1958年に発見されました。可楽遺跡と柳家溝遺跡と大山煉銅遺跡の三つの遺跡と15個所の古墳から構成されており、およそ一万個所の墓が確認されています。現在発掘された墓はまだ4%足らずで、貴州の古墳群の中では最大級の規模を誇っています。さらに遺物の数も最も多いと言われている古墳群で、春秋戦国時代から漢までの間の貴州文化が見事に保存されています。可楽は夜郎国最盛期の政治中心地だったと言われています。この遺跡を調査する上で判明した夜郎国の風習の一つで、銅の釜を死者の頭にかぶせる「套頭葬」という葬儀の方法はこの民族だけのもので、これと同じ方法は国内の他の地域ではまだ発見されていません。さらに可楽は夜郎国最盛期の政治経済の中心地だったということも判明されました。ですので、夜郎国の葬式や宗教、文化などに対して大きな注目が集まっています。2001年に中国重要文化財に指定され、2004年には「中国十大考古発見」に入選を果たし、考古学界からは「夜郎青銅器文化の殷墟」と評価されています。