翻訳:趙 林飛
修正:須崎 孝子
監修:姚 武強
補筆・再構成:CJ NaoTo
恋愛豆腐(恋愛豆腐果)——貴陽の名物軽食
「恋愛豆腐果(れんあいどうふか)」は、貴州省の省都・貴陽市で広く親しまれている特色ある軽食であり、街の至るところで見かけることができます。これは貴州料理(黔菜)に分類される庶民的なスナックで、安価で手軽、かつ風味豊かなことから、地元の人々に長年愛されてきました。
この「恋愛豆腐」という名称には、「恋愛」のように熱くて情熱的、そしてやみつきになるという意味合いが込められているとも言われています。
調理法と特徴
この料理の主な食材は、長方形に薄く切った小さな豆腐です。これをアルカリ性の水(灰汁を含む水など)で軽く発酵させ、鉄板(鉄製グリル)で焼き上げます。グリルの下には専用の木炭や炭かすを燃料とし、表面に食用油を塗って加熱します。
焼く際には、豆腐を何度も裏返しながら、両面が香ばしくきつね色になるまで丁寧に焼き上げます。外側はカリッとしながらも、中は柔らかくジューシーに仕上がるのが理想的です。
焼きあがった豆腐には、薄い竹のヘラなどを使って中央に切れ目を入れ、そこに数種類の調味料を挟み込んで仕上げます。
豊かな調味料と風味
使用される調味料は非常に多彩で、貴州らしい香りと辛味を構成する要素として、以下のようなものが挙げられます:
⚫︎唐辛子:香り高く刺激的な辛味の中心。
⚫︎魚腥草(ドクダミ):独特の香味を持ち、解毒作用があるとされる。
⚫︎木姜子油(リツェア・クベバの精油):中国語で「木姜子油」、英語では Oil of Litsea Cubeba と呼ばれ、爽やかな柑橘系の香りが特徴。貴州特産の香味油です。
⚫︎野蒜(のびる)や野生ネギ:軽い苦味と香りがアクセントに。
⚫︎すりおろしニンニク、刻みショウガ
⚫︎醤油、酢、味の素(うま味調味料)など
これらの調味料を熱々の豆腐にたっぷりと挟み込み、塩味と辛味の絶妙なバランスで仕上げます。表面のカリカリとした歯ごたえと中のとろけるような食感、さらに香辛料が織りなす複雑な風味が食欲をそそります。
恋愛豆腐が愛される理由
恋愛豆腐は、調理時間が短く、持ち帰りや食べ歩きにも便利なため、時間をかけずに手軽に楽しめる軽食として人気です。さらに、価格が非常にリーズナブルであることも大衆に広く受け入れられている理由のひとつです。
現在、貴陽市内には恋愛豆腐を専門に扱う屋台や店舗が数多く存在し、地元民はもちろん観光客にとっても“必食”のローカルグルメとなっています。
焼き豆腐自体は中国各地で見られる庶民的な軽食ですが、「恋愛豆腐果(れんあいどうふか)」という独特な名称で呼ばれているのは、全国でも貴陽市だけです。この呼び名の由来には諸説ありますが、なかでも広く知られているのが、抗日戦争期にまつわる逸話です。
当時、国民党政府は首都を南京から西の重慶に移し、日本軍による空襲が頻発するようになりました。貴陽市もその標的の一つとなり、空襲警報は一日に何度も鳴り響いていました。そのような状況の中で、市民は郊外の東山や彭家橋(ほうかきょう)周辺へと避難し、しばしばそこで時間を過ごすことを余儀なくされました。
彭家橋のあたりに暮らしていた張華豊夫妻は、自宅近くの畑にいくつかの茅葺きの小屋を建て、そこで焼き豆腐を焼いて販売していました。焼き上げた豆腐は他の場所にも持ち出し、屋台を並べて売ったり、街を巡りながら売り歩いたりしていたのです。
やがて空襲が始まると、これらの茅葺き小屋は人々が空襲を避けて集まる避難所のような場所となり、多くの人で賑わいました。その頃から、張夫妻は街に出て商売をするのをやめました。空襲の警報が頻発する中、人々は空腹を抱えながらも自宅に戻ることができず、食事に困っていたのです。
そうした人々の状況に気づいた夫妻は、小屋をそのまま簡易食堂のような店舗に改装し、焼きたての豆腐を提供するようになりました。焼き豆腐は手早く調理でき、安価で食べやすく、空腹を満たすのにぴったりの食べ物でした。そのため、訪れる人々の間で評判となり、よく売れたといいます。
通常、人々は空腹を満たすとすぐに立ち去っていきましたが、恋愛中の若い男女だけは例外でした。彼らはここで豆腐を買い、唐辛子入りのタレをつけながらゆっくりと食事を楽しみ、語らいのひとときを過ごしました。さらに、若者たちはこの場所を自然と集いの場とし、やがて恋が芽生えるきっかけの場ともなっていきました。空襲という緊迫した状況の中でも、彼らは束の間、戦時下であることを忘れていたようです。
やがて、張夫妻の店舗は「愛が始まる場所」として知られるようになり、焼き豆腐は単なる軽食ではなく、ロマンチックな意味を帯びた特別な存在となっていきました。そして夫妻は、自分たちの焼き豆腐を「恋愛豆腐果(れんあいとうふか)」と名づけることにしたのです。
このロマンチックな物語は貴陽中の若者たちに広まり、多くの人が恋愛豆腐果を求めて訪れるようになりました。戦後になっても、恋愛豆腐果の人気は衰えることなく、恋人たちだけでなく、そのロマンに憧れる人々や、ただ美味しさを楽しみたい人々にも広く親しまれる存在となったのです。
時を経るにつれて、「恋愛豆腐果」は徐々に貴陽を代表する名物の軽食として広まり、地元の人々に親しまれるだけでなく、訪れる観光客にも高い人気を博すようになりました。素朴な食材を使ったこの一品には、貴陽の人々のロマンチックで温かみのある暮らしの空気がしっかりと息づいています。
豆腐は古くから、食材としての栄養価だけでなく、薬膳としての効能も評価されてきた健康的な食品です。「恋愛豆腐果」は、その豆腐を主原料としながら、貴陽ならではの風味や文化を映し出す味わいに仕上がっています。ただの軽食にとどまらず、その一口一口から、貴陽の人々のゆったりとした生活のリズムや、日常に潜む優雅さ、そして何よりも人生を楽しむ余裕を感じ取ることができるのです。
「恋愛豆腐果」の作り方
主な材料:
豆腐、ドクダミ(魚腥草)
使用する調味料:
唐辛子、ドクダミ(魚腥草)、木姜子油(もくきょうしゆ、英名:oil of litsea cubeba または oil of mountain spicy-tree fruit)、苦味のある野生ニンニク(野ネギに似た植物)、刻みニンニク、粗く刻んだショウガ、醤油、酢、味の素など。
調理手順:
1、豆腐を幅約5センチ、長さ7センチ、厚さ3センチの長方形に切り、アルカリ性の水に浸して竹製のかごに並べます。
2、豆腐を湿らせた布で覆い、12時間以上発酵させます。発酵時間が長すぎると粘りが強くなりすぎるため、手で触れて軽く粘る程度が適切です。
3、ドクダミと野生ニンニク(特有の苦味がある)を細かく刻み、碗に入れます。さらに、唐辛子、木姜子油、すりつぶしたニンニク、粗みじんのショウガ、醤油、酢、味の素などを加えて調味だれを作ります。
4、発酵させた豆腐を、鉄製のグリルで香ばしく焼き上げます。外側がこんがりし、中はふんわりとした食感になるように焼くのが理想です。
5、焼き上がった豆腐の側面に竹片などで切れ目を入れ、先ほど作った特製の調味だれをたっぷりと詰めれば完成です。
豆腐は、食材としての美味しさだけでなく、薬効成分を備えた優れた食品です。免疫力の向上、代謝の促進、血行の改善など、多くの健康効果が期待でき、栄養価の高い食材といえるでしょう。一般的に、100グラムの豆腐には約140〜160ミリグラムのカルシウムが含まれており、植物性食品でありながら高タンパクでもあります。
「恋愛豆腐果」においては、豆腐そのものの質もさることながら、何よりも調味料が味の決め手となります。そのため、調味料の配合はむやみに変えないことが推奨されます。特に、独特の香りと風味をもつ魚腥草(ドクダミ)や、「木姜子油(もっこうしゆ)」(英語名:oil of Litsea cubeba、山胡椒の果実から抽出される香味油)は、この料理に欠かせない存在です。また、現地でよく使われる、ほろ苦さのある野生のニンニク(野ネギ)を加えると、より風味豊かな味わいに仕上がります。